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北京の専門病院で中医治療を試みる

末期癌の化学療治(抗癌剤)

病院には手術、放射線治療、化学療法(抗癌剤)など有効な癌治療がありますが、手術が難しいステージ4と診断された癌の多くは抗癌剤治療を実施します。ただ、今までステージ4の抗癌剤治療で「治ったとか「良くなった」と耳にすることは少なく、逆に苦しんで亡くなった方のことをよく聞きます。中医学を学ぶと、それがとても不自然に感じられます。もちろん抗癌剤治療を否定しているわけではありません。

誰が癌と闘うのか!?

抗癌剤治療を見ていると、医療や医師が癌と闘うイメージが強く、本人が癌に立ち向かうイメージがありません。癌は自分の中で作り出してしまうものなのに、これも不自然に感じます。
では、誰が癌と闘うのか?中医学を学び「病は自身が立ち向かい治すのが基本で、医療はその手助けをする」と私は考えますが、やはり患者さんご本人が闘うのが自然です。漢方は癌と闘うための体作りの手助けをします。また、中医学には「体内にできるしこり」と言う概念が数千年前からあり、その歴史の中で体作りの手助けのみならず「しこり」に対応する漢方も存在します。

日本では見られない
北京広安門医院の癌治療

北京に中国中医科学院附属広安門医院という国立の総合病院があり、癌治療が全国的に有名です。国立の中医学研究機関の附属病院で、術前・術後・放射線療法・化学療法(抗癌剤)など、どんな癌治療にも中医学の治療法を用います。もちろん中医学の治療法だけ用いることもあります。患者さん自身の自然治癒力を最大限に引き上げるため、漢方だけでなく鍼灸や気功を取り入れ、総合的に治療するのも特徴です。助かる見込みのない患者さんが治癒したり、余命3ヶ月の患者さんが数年普通に生活できたりと、日本では奇跡のような症例が数えきれないほどあります。日本には無い癌治療が中国には存在するのです。更に、市販されている漢方のみでは癌に対応しきれないため、広安門医院には癌治療で頻繁に使う動物系の生薬があるだけでなく、独自の研究で作られたオリジナルの漢方もあります。しかし、残念なことにこれらの漢方は郵送することができないため、ハンドキャリーで持ち帰る必要があります。

諦める前に行動を

もし自分や家族がステージ4の癌だと診断されたら?もし日本の一般的な治療で完治するのが難しいと分かったら?効果が求められる治療を必死に探すことと思います。
私にもそのような経験がありますが、北京の広安門医院にしかない癌治療を知っていました。ですから私は親族を北京に連れて行き、日本の治療と併用をしました。私の経験と同じように日本での治療が難しいとわかり、新たに北京での診察や治療を希望される方がいらっしゃるのではないでしょうか?
ご自分の命と人生です。諦める前に一歩踏み出し、北京で中医学を取り入れて見ては如何でしょうか?

【自分らしく生きた編】 62歳 女性

相談

3月に血便が診られ検査の結果、大腸癌のステージ4と診断を受ける。同時に肝臓転移が診られ、肺にも転移が疑われる。8月まで2クールの抗癌剤治療を受けるが効果がなく、主治医の薦めもあり漢方を希望する。

紹介先

癌治療で奪われる体力(気血や陰陽)を補う。

結果

9月に本人が北京で診察を受け漢方を処方(その後は3〜4ヶ月に1回家族が北京から持ち帰る)。漢方を服用しながら、元気に農作業をして本来の生活を送る。
翌年3月、日本の主治医から3ヶ月の余命宣告を受けるが、本人の体調はすこぶる良く普段通りの生活を続ける。
12月中旬、腹水がたまったため入院。正月に帰宅をし、正月明け再び入院。入院して1週間ほどで静かに亡くなられる。ご家族のお話しでは最後まで苦しんだ様子はなかった。

【最後まで闘った編】 51歳 女性

相談

8月に首のしこりが気になり診察を受けるが、感染症との診断を受ける。11月しこりが大きくなっていることに気づき別の病院で再診、細胞検査の結果癌が発覚。12月検査結果が出たとき、原発は乳癌、肺・横隔膜・肝臓・骨転移が認められるステージ4。
仕事同様、病に対しても積極的に行動し、セカンド・サードオピニオンを受け、現代医療で治癒することの難しさを認める。日本の医療と漢方を併用して治療することを決心。

紹介先

北京広安門医院腫瘤科

ご本人の意思を尊重して決めたこと

ご本人から相談を受けた際、2つの決め事をする。1つは食事に影響の出る治療は控えること。もう1つは体力が十分でなくなったとき、ご本人が生きがいとしている仕事を休職して治療に専念すること。

結果

翌年1月ご自身でデータを持って北京を訪問。その後は毎月の病情と治療の変化に合わせた漢方を、秘書が2ヶ月ごとに持ち帰る。
日本では1月からホルモン治療を行うものの、3月まで癌が進行する。主治医から間接的に余命の宣告をされる。
4月にセカンドオピニオンの医師が現行の治療方針に疑問を持ち、再検査を実施。ご自身の判断で最新の放射線治療と抗癌剤服用に変更。
4月に500(正常値<50)近くに達していた癌マーカーが7月に70まで下がる。各部位の癌は全体的に小さくなるものの、新しく発症するものもある。
5月に胸水が溜まる。肺を圧迫して咳が出るため、胸水を抜き取る。漢方もこれに対応。
8月に入り咳が悪化し、呼吸が苦しくなる。しかし転移によるものか、炎症によるものか、胸水によるものか判断がつかない。放射線治療によって骨転移が改善し、痛みが軽減。胸水の減少が顕著。
9〜11月、腫瘍の大きさ、血液検査に大きな変化なし。咳は改善したり悪化したりと安定しない。胸水はほとんどなし。放射線治療を停止したものの痛みはなし。
12月に入り呼吸が困難となり、一時休職して入院。咳の原因が肺転移によるものと判明。入院後、漢方薬の服用ができなくなる。
翌年1月、親族の自宅に引っ越して養生。酸素吸入が必要なものの、食事は美味しく取れている。また、覚悟は決めているものの癌と闘う姿勢を失っておらず、漢方薬を再開したいと相談を受ける。
2月、苦しむことなく亡くなられる。家族には最後まで仕事ができて幸せだったと言葉を残す。

北京での治療を希望される方は