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岩﨑学の専門とする『傷寒論』とは

傷寒論とは!?

『傷寒論』

『傷寒論』とは『傷寒雑病論』の一部で、東漢後期(西暦25〜220年)の210年頃、張仲景(西暦150年?〜219年)によって編纂された医学書です。後世の著名な医学者によって研究と編修が繰り返され、「傷寒」部分が『傷寒論』、「雑病」部分が『金匱要略』となり、現代も研究が続けられています。
『傷寒雑病論』は臨床における病因(病気の原因)・病機(症状が発症するまでの変化)・症状・弁証(病因や病機を特定する診断のこと)・論治(弁証に合わせた治療法の選択)・方剤(中薬を配合した処方)が完全に理論化されているのが特徴です。中医学の歴史において「弁証論治」と「方剤」の確立と言う絶対的な功績を挙げ、臨床中医学を確立した医学書です。

「弁証論治」の確立

「弁証論治」とは、中医学の診断・治療のことです。『傷寒論』は「寒邪が体を傷つける」の意味で、主に外因(外から入ってくる病因)の寒邪(六淫「風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪・火邪」の1つ)が体を侵すことから始まります。その後の病情変化が6つの時期(太陽・陽明・少陽・太陰・少陰・厥陰)に区分され、その区分ごとに本文が書かれています。また、それぞれの区分で更に細かく変化が記され、その時期毎の症状と方剤が記されています。この病状変化を「六経弁証」と呼び、症状の変化(病機が推測できる)に応じた独自の診断と処方が確立されています。
『金匱要略』」は、不摂生な食生活や七情(怒・喜・思・悲・憂・恐・驚)などが原因で、体の内側から、つまり「内因」によって病状変化が生じます。『金匱要略』は症状別に書かれており、慢性疲労・咳嗽・腹部の膨満感・嘔吐・消渇(糖尿病)・排尿困難・下痢・婦人科特有の症状(生理・妊娠中・産後)など多岐に渡っています。また、各症状が更に細かく分類され、それぞれ症状の特徴と方剤が記されています。この病状変化を「臓腑弁証」と呼び、「傷寒論と同様に独自の診断と処方が確立されています。
『傷寒雑病論』は、臨床での具体的な症状と変化を「六経弁証」と「臓腑弁証」を用いて理路整然と書き記し、「弁証論治」を確立した「臨床中医学」の礎なのです。

「方剤」の確立

「方剤」とは、いくつかの中薬(生薬)が決まった割合で配合されているものです。日本では「漢方」の一言で混同されがちですが、中国では1つの薬草「中薬(生薬)」と「方剤」ははっきり区別されています。例えば、「葛根」は中薬の1つで、「葛根湯」は葛根・麻黄・桂枝・生姜・甘草・芍薬・大棗と7つの中薬で成る方剤の1つです。
『傷寒雑病論』は、それぞれの方剤に、〜湯・〜散・〜丸と名前を付け、配合する中薬の種類と分量、更に精製方法まで記しています。葛根湯なら、「葛根四両・麻黄三両(節を取り除く)・桂枝二両(節を取り除く)・生姜三両(切る)・甘草二両(炙る)・芍薬二両・大棗十二枚(割く)。以上7種、水一斗を以って先に麻黄・葛根を水が二升減るまで煮、灰汁を取った後、諸薬を入れ三升煮出す。温めたものを一升服用する」と、事細かに記されています。また、葛根湯のように「〜湯」と命名されたものは「煎じる」の意味で、「〜散」は粉末状にしたもの、「〜丸」は蜜などをつなぎにして丸薬にしたものを表しています。
『神農本草経』で各中薬の性質や効能が記されていますが、それらの中薬の組み合わせは無限で、更にそれぞれの分量まで決めるなど凡人に成し得ない偉業といえます。『傷寒雑病論』では、その不可能と思われるような組み合わせと分量、更には精製方法まで特定して「方剤」を確立し、それぞれの方剤の応用方法まで論じています。以後、数千年の経験と研究がなされますが、科学の発展した現代においても「方剤」は研究が続けられ、その詳細は未だ明らかになっていません。

『傷寒雑病論』と日本の漢方

『傷寒雑病論』と日本の漢方

『遣隋使・遣唐使時代に日本は積極的に中医学を取り入れ、701年大宝律令では「医疾令」が制定され日本で初めて組織・系統立てた医学が確立しました。
日宋貿易の時代『傷寒雑病論』が日本に伝来し、その論理立てて書かれた内容は日本人医学者が理解しやすく、その後日本の医学では「傷寒論」と「金匱要略」が重要視されることになります。
16世紀末に中医学が日本独自の発展を始め、18〜19世紀には全盛期を迎えます。その最たるものが「腹診」で、『傷寒論』と『金匱要略』に記された腹部の症状を日本人の感性でまとめ上げた診断方法です。ただし、治療には『傷寒論』と『金匱要略』に記載された元来の方剤を中心に用いており、一部日本独自の方剤が使われています。この時代、オランダから西洋医学が伝来し「蘭医」と称され、これと区別するために「漢方医学」という言葉ができました。
明治維新で日本の漢方医学は衰退したものの、現代改めて漢方医学が見直されています。漢方薬には処方箋が必要なもの、薬局で購入できるものなど100種を優に超え、皆さんの身近なものになり始めました。その多くは『傷寒雑病論』に記された方剤と後世に加減された応用方剤です。つまり、現代日本の「漢方」と『傷寒雑病論』は切り離せない深い関係にあるのです。